
ぼちぼち写真を上げての移行作業も、ようやく完了
ぼちぼち遊びに来てくださった方、感謝です<(_ _)>
カテゴリ:
2006 インド10年ぶりのインドであり、5年ぶりの個人旅行
私も変わったし(老けたし)インドも変わってた(発展してました)
でも、やっぱり、好きな国なんだよなぁ
精算の為の旅行でも有ったんで、
インドに行く機会も、バックパッカーする機会も、
もうないような気もするけど、
最後にインドに還れて、良かった……
火炎樹と思しき花の写真が絶滅してたんで、
最後の一枚は、マハバリプラムで撮った公園の花
どこにでも花は咲くし、
枠の中に自身を押し込めてたって仕方ない
多分、これが今回の旅で、再度実感した事
短かったけど、インド一周楽しかったです

のろのろと過ごしつつも、
本日、インド最終日
(深夜便なので日本に着くのは明日だけど)
昨日一日ちょこちょこデリーを歩いてみたけれど、
印象としてはあまり変わってない
ただ、メトロ開通のお陰で、
薄汚い街の中、妙にピカピカのメトロが走ってて違和感が。。。
(メトロの地上部分が、パハルガンジとコンノートの間を通ってる)
その工事のせいか?
コンノートプレースの真ん中の公園がなくなってる
コンノート周辺のビルもやや高層化してるし
オートリキシャは黄色と黒のツートンから、黄色と緑のツートンにモデルチェンジ
でも、変わってない気がするのは、雰囲気かな?
ともあれ、後、もうちょい
うー、やっぱり帰る気がしないなぁ
帰りたくないんかなぁ?(笑)
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追記:2007/5/6



写真は全てオールドデリーです
1人1台のモバイル
これは、インドに限らないのだけど、大きな意味で社会が変化してる
鉄道での移動中も、皆、それぞれ、モバイルに夢中
そのせいも有るんだろうか?
互いへの感心みたいのが低くなってる気がする
二等寝台なんかだと、移動時間も長いんで、
知らない間に和気藹々話込んでるのって普通だったんだけど、
今回は、皆、個人のまま、他人のまま移動を終えてるって感じ
見知らぬ人同士が、
1台のカセットから響き渡るインド映画の音楽を楽しみ、
話に花を咲かせてた時代は遠い
それぞれが独自に好む音を聴きながら、
独自の友人とメールしながら、「個」として閉じたまま移動する
常に、見知った仲間と繋がっていられるから、
街で、会社で、新たな人と繋がる必然性が薄くなってくる
って感じてるのは私だけ?
まぁ、その分、干渉して来る暇な人も減ったんで、
旅するぶんには、楽になったとも言えるのかも知れないけどね



インド暮らしも後わずか。。。
文句言いつつもプシュカルに滞在中
確かに変わってしまってはいるのだけれど、
皆、そういうのだけれど、
微妙な居心地のよさは変わらない


でも、ディープなヒッピーみたいのは減ったなぁ
どっか、別の所にたまってるんだろうなぁ
ここも韓国のバックパッかーは多いみたいで、
レストランでも土産物屋でも
ハングルの文字が躍ってる
食べ放題のレストランでは、キムチを置いてるし
まず、韓国人か?と聞かれたりで、
つくづく、時代の移り変わりを感じたり。。。

明日の夜行でデリーに移動
明々後日の夜のフライトで日本に帰国
なんだけど
いまだ、帰国するって実感が、まったくない(苦笑)
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追記:2007/4/22
プシュカルに最初に行ったのは、96年1月
その時の印象が強烈で、インドで一番お気に入りだった町

青いガートの周りを、真っ白な寺院や建物がぐるりと囲んでいる
東端のガートに夕刻立ち寄ると、ラジプートたちが三々五々と立ち寄り、
沐浴し、色とりどりのターバンを洗っている
夕映えにそまる頃、太鼓が叩かれる
最初は静かに、そして、どんどん激しくなっていく
夕陽が西の山に落ちると同時に、太鼓の音は止み、静寂に戻る
すると、あちこちのガートから、小さな鐘の音が響いてくる
小さな灯明を暗くなってきた湖面に浮かべて、プジャを行っている
無数の鐘の音、無数の灯明
残照が毒々しいまで赤い

異空間じみてた頃の面影は、ほとんど残ってなかったけれど、
私の中のプシュカルは、あの時代のまま……

ちなみに、
ターリー屋さんのオヤジさんも、その頃を懐かしむ1人らしく
あの頃を、熱く語ってましたね……


(写真は全てオルチャ)
前回
「オルチャ若しくは北インド」ってなタイトルだったんだけど
何を書きたかったのか思い出せない。。。(笑)
あの後5分もしないで、予備電源も尽きてPCが落ちました
(停電してたらしい)
そのまま、深夜まで復旧せず
翌日はネットカフェのPCが認証エラーでネット接続不能
その翌日は、なぜか、店番が不在
(周りの店のインド人も探してたけど不明)
で、また、移動日がやってくる
オルチャの場合、日本語入力可能なカフェが
そこしか無いってのが、敗因?
そんなわけで、
北インドって、南に比べると、やっぱ「うざさ」多い
構ってくるインド人が多いせいだなぁ
英語の通じにくさもあるのかもしれない
ってな論旨なんだろうけど。。。思い出せない
ま、いいか
で、
今、プシュカルにいるんだけど、
とりあえず、オルチャの話
オルチャ。。。壮絶ってか、絶対ってか、美しすぎ。。。
写真では見てたんだけど、
なんか、こんなんアリ?って絶句しちゃいました



2005年のリリース分で
歩き方では、危険だと言ってるけど
ロンプラでは地図つき写真つき?に扱いが上がって
めじゃー?な観光地にしては、日本人空白区になってました

オルチャだけでなく、MPってフォート多いし、
ラジャスタンも城壁に囲まれた町多いし
見所、まだまだ在るんだなかとか実感


オルチャを満喫した後、
アグラに向かいお昼を食べて
ジャイプールに向かい、バス待ちで一泊
(前回の記憶と合致するけど、ジャイプルのリキシャワーラーは相変わらず最悪だなぁ)
そして、ようやく最終目的地のプシュカルに到着
アグラもジャイプールも素通りって
馬鹿にしてる話だなぁ
2回目とはいえ、興味ないんだろうなぁ
プシュカルはちょうど10年ぶりになるんだけど
見覚えの有る場所も有るけど、
こんなんだったっけ???
プシュカパレスって町一番のホテルは
5階建ての「ホテル」に様変わりしてるし
野良孔雀が歩いてた通りは、ヨガの学校になってる
何より、土産物屋の数もホテルの数も倍増してる。。。。
インド人観光客も倍増
無論、外人ツーリストも。。。。
10年前しか知らないなら、行くのを止めたほうが良い
って、何度も言われたんですよね
うーむって感じ
まぁ、買いたいものも有るし、いいんだけど
かなり、さびしい
そうやって考えると、進化?しないバラナシってすごい
25日のフライト捕まえるのに、デリーにちょい前に戻るけど
それまで、ここかなぁ
まぁ、何とか、ほぼ一周も完了間近
後は買い物三昧(苦笑)を楽しむだけ (^^)v
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追記:2007/3/31

ゴカルナ、ハンピ、マンドゥ、オルチャ
異世界って感じの3つの遺跡と1つの荒野には、
今、振り返っても、強烈なイメージが残ってる
昔の私なら、こんなにポンポン移動せずに、
チケット書き換えてるか、捨てるかしてるんだろうなぁw
目を見張り、風景に沈み込む
眺めるだけの旅から、入り込む旅に変わったのもこの辺りかな
感傷旅行を決め込んでた大人の余裕が吹っ飛んじゃった
ホント、壊れた充電器のお馬鹿!!
オルチャ以降は、かなり「町」を撮ってるみたいですね
ここも、遺跡より、ただの風景の方が多い……




(写真は全てマンドゥ)
後ろ髪を引かれながら
2/9の18時にハンピを出発して
次の目的地マンドゥについたのは
2/11の14:30……(苦笑)
およそ40時間の大移動
(バス3本、電車3本を乗り継ぎ、車中泊二日)
ハンピが巨石のころがる荒野の中の遺跡
(ヒンドゥー系の遺跡)
だったのに対して、
マンドゥは緑あふれる田舎の村の中の遺跡


(ムガール系なんでイスラムチック。。。可愛かった。。。)
自転車で面々と広がる畑の中を進んでいくと、
朽ち果てかけた遺跡が畑のそばにポツリ
民家の裏にポツリ
ハンピと違って、生活空間の中に遺跡があり、
なかなか不思議な光景
しかもマンドゥってテーブルマウンテン?の上なんで
「世界の端っこ感覚」が味わえる不思議さも有る

自転車で走っていくと、唐突に道がなくなり崖に出る
世界が途切れてるみたいな感じが面白い
(崖がなだらかな場所は畑が続いてるけど)
ろくにご飯を食べる店もないくらいに未開発で面白かった
で、今度は乗り継ぎが悪くてやはり40時間以上かな?
かかって到着したのはオルチャ
(今度は中継の町で1泊づつ2泊寝てる)
ここはイスラムとヒンドゥと両方の遺跡が村の中にある
村ってもマンドゥよりは町だし、
遺跡自体も数階立てって感じの大きなモノ
なんで、ここも割りに、ミスマッチな不思議空間になってます
なんだか、電源がないとかで
PCが落ちると、インド人が騒いでる
途中だけれど、続きは、また、後で?
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追記:2007/3/25
日記を見ると、
ハンピ→マンドゥの移動って、怖ろしく面倒だったっぽい
2/9
18:00 ハンピをLocalバスで出る(1つ目のバス)
20:00 隣町hospetを電車?汽車?で出る(1つ目の鉄道)
23:30 乗り換え駅、guntakal到着
2/10
1:30 guntakal発(2つ目の鉄道)
21:00頃 khandwa発(3つ目の鉄道)←予約なしの飛び込み
2/11
早朝? indore発(2つ目のバス)
昼前 dhar発(3つ目のバス)
13:30 目的地マンドゥ着
40時間以上かけて、移動してますね
(日本で考えると出来ないよなぁ……)
マンドゥに到着したには、したが、
「事件」が有ったらしく、町はストライキ、警察官があちこちにいて、
町はいやなムード
聴くと、
ヒンドゥ系の既婚女性が、モスリム系の若い男と駆け落ちしたとかで、
それに腹を立てた、ヒンドゥ系住民がレストランも店舗もお休みして抗議との事
やっと出会えたバオバブ君は、ちょっと???イメージ違い
