楽園の眠り

「楽園の眠り」馳星周

多分、不夜城から、ぽつぽつと目に付くと読んでる

キライじゃないんだけど、そのカタルシスが痛い

いつもいつも
アイデンティティが揺らいでる主人公が、
どこにも受け入れられる事なく、自ら望むかのごとく破滅していく

あまりにシンドイ

そういうイメージが固定してたんで、この楽園の眠りはちょっとびっくりした


主人公は奥さんに出て行かれて子供と二人暮しの「普通」の警察官
だけど、彼は普通じゃない
可愛いはずの我が子を執拗に虐待している

虐待のあまり心を閉ざす幼い息子と、
そして、同じく父親に虐待されて行き場の無い少女が出会う

あまりに幼い少女の逃避行
そして、虐待の発覚を恐れ、個人的に息子を追う父

……あまりに痛いんですよね
虐待する側と虐待される側の色々な感情が錯綜していく


幸いにも私の親は私を虐待もしなかったし、私も虐待した記憶はない

でも、でも、作中に描かれているのは、あまりに身近な衝動だ
傷が治る前のカサブタを思わず掻き毟ってしまう様な、どうしようもない焦燥感

幸か不幸か、私の破壊衝動は外には向いてないんで、割合無害なイキモノだと思うのだけれど、
焦れて焦れてした時の不貞腐れたようなカタルシス、そのまんまやん!

……みたいな


これまでは、作中で自滅していく人達と私の間には大きな溝が有った

私ならこうはしない、追い詰められて仮にそうしたとしてもここで引き返すだろう
どこか高みの見物だったのに……

今回は、ずどんと引き摺り下ろされちゃいましたね


あたしのボーダーはどこ?
あたしは本当にだいじょーぶ??

みたいなw

感情が動けば感動でしょう
しっかり動揺しちゃったんで、ひさびさに感動した……って所でしょか

……苦い感動ですけどね orz



(似たような写真ばっかで選定が終わらない……((((((((((((((><)

破線のマリス

野沢尚「破線のマリス」

初版97年って事は、10年前の本なんですね


多分、「深紅」が野沢尚の作だと認識して読んだ最初のお話
(リミットはもっと前に読んでたけど無意識だったんで)

その時に感じた、ある種の「もどかしさ」は、まだ体内に残ってる

で、この前「砦なき者」を読んで、
作中で何度も出てくる過去の事件が知りたくて、「破線のマリス」を手に取った

熱い

ホント、熱い


無数に有る「現実」若しくは「事実」の断面を、
いかに繋ぎ合わせて報道するのか?

偏重報道も、それに含まれるんだろうけど、
これはもっとはっきりした悪意(マリス)の話


最後の最後まで、
私には麻生の微笑みが何だったのか?って1点が気になって仕方が無い

彼の家族が、彼の妻が、納得してしまったのなら、
やはり、それもまた、彼の一面だったのではないか?

その時の笑みは、そう意図されたモノではないのだろうけど、
そこに滲み出てしまったモノが有るんじゃないか?って思ってしまう


それは、さておき、
この話、瑤子の熱さが面白い

所詮は他人事なんで、高みの見物では有るのだけれど……

彼女のもどかしさに、そのままシンクロして、
彼女の怒りに、そして恐怖に、そのままシンクロして、
そして、結末まで、彼女と一緒に走りぬいてしまう

褒められた話ではないのだろうけど、
私としては、「深紅」の奏子の分別よりは、
「破線のマリス」の瑤子に対して、より深いシンパシーを感じるらしい

そういうイミで、際どいラインで、身を交わされ続け、
煽られるだけ煽られた劣情が、ようやく達したかなぁ……みたいなw


人は、皆、そうだと思うのだけれど、
何かしらの断面を、This is it ! 的にアピールしてる訳で……

でも、そこに含まれるのが、どの程度の真実なのか?
って事以前に、

そこに何を見出したいのか?って姿勢が、視界を変えてしまう

今更、そこに何のリアリズムも欲してはいないんだけど、
自身の僻目で捻じ曲げてしまった他人像に対しては、
若干の片腹痛さと申し訳なさを感じないでもない

感じないでもないけど、
見えた世界だけが、見た本人には唯一の現実でもあるワケで、
まぁ、そんなもんよ……みたいな開き直りもないでもないw

何を観たいのか?
で、色んな事を取捨択一してきたのだけれど、
作為なしに見える世界も、それはそれで面白い気もする今日この頃ではあるんだけど、

とりあえず、瑤子と一緒に突っ走ってしまう事で、カタルシスを発散しちゃったw

さて、今、側には「魔笛」が転がっておいで、
素直にオペラ思い出しちゃうんですが、どんな話なんでしょね?

ハッピーハウス

「ハッピーハウス」結城真子

この人の作は初めて

ハッピーハウスは1989年の刊行
って事は、バブルの頃よねぇ

そうと知れば、全編に漂う倦怠感みたいのの底が見える

何だか、誰もが浮き足立ってた、
若しくは、浮き足立ってないと、浮いちゃうような、あの時代の話なのね

主人公の高沢優子は30前のキャリアウーマン
並居る男性社員を押しのけての、同期の中では一番の出世頭
社長ですら、一目置かざるを得ない彼女の働く姿って、
まさしく「24時間戦えますか?」って、あんな感じなのよねぇ

でも、彼女はハッピーじゃない

地位も収入も有るけど、
当然のようにハッピーじゃない

普通なら、ここで、もっと人がましい生き方を模索して……とか、
真実の愛に目覚めて……とか、
お約束のように悟りを開いて、生き方変わっちゃったわ♪
メデタシメデタシなんだろうけど、

どうも、彼女は違うらしい

その底なしの虚無感って、有る意味リアル
あの時代よりも、むしろ今の時代においてリアル

彼女は、すべきこ事をすべき事として行える行動力を持ち、
世に恥じないだけの常識も理性も判断力も持ち合わせている大人なのである

決して反逆的ではない
むしろ、真摯に生きているハズなのに、
彼女の人生に明るい未来はない
明るい未来どころか、夢も希望もない
そもそも現実感の存在すらもが希薄なように思える

救いなんかない

でも、救いが有ろうが無かろうが、そんな事は関係ない
ただ単純に、「それ」が彼女の手持ちの世界なのである

だから、彼女には何もない

何処へも行けない
いや、行く必要すら感じていないに違いない
だって、本当に何も無いって事は、何処に行こうとも何も無いんだから……


淡々と描かれる虚無感が哀しい

そして、そこはかとない既視感
そして、私は何処へ行く

アジアンリゾートに快楽中毒

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アジアン・リゾートに快楽中毒―安くてウマイ、あやしくてクセになる
島村麻里

かなりツボかも…

ずーっと昔は、ビンボー至上主義みたいな旅行ばっかしてたけど、
年取るにつれ、ドミは無論、基本アウトバスも避けるぞ、って旅行に変わってきてる

変わった所で、一泊に30ドル以上出してる訳じゃないんで、
当然、☆がくっついているような、リゾートとは無縁

私のリゾートなんて、
せいぜい、海のきれいな所で、
ちょっとしょっぱかったりもするけど、一応真水のシャワーは出るらしいのよって安宿に滞在して、
木陰で、涼風に吹かれつつハンモックで昼寝して、
お腹が空いたら、屋台かや安食堂で食事して(ぶっかけ飯系がお好み)
……みたいな生活になりがち

だから、そんなバスタブがついてるようなリゾートに滞在してる方々とは、クラスが違うんだけど、

ツボは一緒
買い物する場所も、エステに向う先も、ランクは違えど、求めるモノは同じなのです
五感(六感?)で体感する心地よさとでも呼ぶべきモノ?

冷静に考えれば、
エスニックフードだって、エステだって、雑貨だって日本で手に入る
その種類もクオリティも年々上がってる

日本で入手する方が単品としては高いのだけれど、
現地で入手する為にかかる飛行機代や滞在費を考えると……、決して安い訳でもない
(行ったからには……!!で買い物しちゃう傾向は有りますが)

行けばのんびりできるかもしれないけど、
行かなくとも、何もしなければ、のんびりできる……(汗) ← 出不精なんで
移動しない分、物理的に楽なのは「何処にも行かない事」だろう

でも、行っちゃうんだよなぁ……
何故か、行かなくちゃ!!って思っちゃうんだよなぁ……

ふむふむ読んでると、そーなのよねぇと頷いているです
読み終わる頃には、
すっかり、どっか行きたい病に罹患しちゃってました(笑)

クマノミも見たいし、ぶっかけ屋台ご飯食べたい
タイの島にでも行きたいんだけど……

この時期、微妙

いくら円高っても、
笑っちゃう位、燃油サーチャージって高いのよねぇ
しかも、今、バーツ高らしいし……

もうしばらくお預けかなぁ……

吉祥天女

随分、懐かしい名前をネットで見かけた

吉田秋生原作のコミック「吉祥天女」が、
どうやら映画になっているらしい

私がこの作品に出会ったのは、
多分、中学か高校の頃
まだ恋に恋してた遠い昔

主人公の小夜子にも、恋をした

かくありたい、そう思うあまり、
あまりにかけ離れた自身に辟易したり、
小夜子に嫉妬してみたり

今でも、その傾向は有るけど、
私にとっては、作中人物って普通に実在してる

……無論、架空の存在だって事は判ってるんだけど、
普通に?恋したり、憧れたり、嫌悪したりしてしまう……

有る意味、小夜子って、
私が一番憧れた女性象かもしれない……
いや、憧れた、唯一の女性か?

(白い家の少女のジョディも強烈だけどなぁ)

シャーマニズムに憧れてた少女も、
今や、単なるおばはん

過ぎた時を思うと、ちょっと切ないなぁ……